上演作品紹介
『砕かれた腿~ドゥルヨーダナの最期』
本演目はクーリヤッタム最古の劇作家と伝えられる、バーサの台本に基づいている。現存するバーサ作品は13本を数え、既に演目として確立、継承されている古典もあるが、また今に型が伝えられないものも多い。本作はそうした1本であり、それゆえ新作であると同時に、復旧と呼ぶこともできるだろう。
物語は『マハーバーラタ』、インドのあらゆる古代神話、伝説、論説を網羅した百科全書ともいうべき雄大な叙事詩の世界。パーンダヴァとカウラヴァ、互いに同じ血をひきながら敵対する二つの王家の悲劇的大戦争も終わり近く、敵役ドゥルヨーダナの最期を描き、戦いの虚しさを説いて、ある種反戦劇の趣をももつ。
運命の為すところ、クルの原野に繰り広げられてきた戦いもいよいよ大詰め。カウラヴァの百王子たちは、ひとりドゥルヨーダナ王を残すのみ、ともに奮戦した英雄たちもそのことごとくがパーンダヴァ軍の前に倒れた。ドゥルヨーダナとパーンダヴァ五王子の次男ビーマによる、棍棒をとっての最後の決闘が行われる。
ドゥルヨーダナとビーマ両者にとって棍棒術の師匠、バララーマが登場。愛弟子二人の決闘を知って駆けつけたバララーマだが、闘いがビーマの卑劣な攻撃で終わったことで悲憤に堪えない。
「何という非道な仕打ちだ。決闘の作法にももとる」と。
初め闘いは、技においてやや勝るドゥルヨーダナに有利かとみえた。ビーマは頭に強烈な一撃を食らって倒れるが、その時雷鳴が轟き、ビーマは新たに気力をよみがえらせて立ち上がる。そしてビーマは、決闘の掟を破り、恐るべき怪力をもってドゥルヨーダナの太腿を打ち砕く(1対1の闘いで、対手の下半身を狙ってはならない…しかしビーマは、敢えてクリシュナの合図に従ったのだ)。あえなく地に倒れたドゥルヨーダナ。この不正な攻撃に激怒したバララーマはビーマを殺すと叫び、ドゥルヨーダナにしばし気をたしかに、と励ます。
今や死を待つばかりとなったドゥルヨーダナが登場。無惨にも砕かれた太腿を見つめながら、彼はパーンダヴァ五兄弟の妻、ドラウパディーの呪いを思い出すのだった。賽子(さいころ)賭博でパーンダヴァ五兄弟を罠にかけた後、「私は弟ドゥシャーサナを唆し、ドラウパディーを集会場に引きずり出して、無一物となったみじめな夫達の前で裸にしようとした。ドラウパディーは神に助けを求めた。さらに私は彼女を手招きし、膝に乗せようとした。だが怒ったドラウパディーは私に、いつの日か、ビーマの手で腿を打ち砕かれて死ぬであろうと呪いをかけた」…運命の成就を悟った彼の目に映るのは…累々と原野にはあまたの死骸がうずたかく、さまようのは野に棲むけもの、屍肉を漁るジャッカル、禿鷹のたぐい、血に飢えた幽鬼どもの影。偉大な王たち、戦友たちは逝き、クルの野には血があふれている。
パーンダヴァ一族を殲滅(せんめつ)すべしと気色ばむバララーマに、ドゥルヨーダナは、「もはやこのような状況下での戦いは無益だ。クリシュナがビーマの棍棒に乗り移って自分に死をもたらしたのだ」と語る。
そこへ、やはりパーンダヴァ、カウラヴァたちの軍学、武術の師であったドローナの息子、アシュヴァッターマンが駆けつける。彼は父の葬儀を執り行っていたこと、そしてカウラヴァ軍の総司令官として無敵の戦士であった父がいかにして欺かれ、死を迎えたかを物語った。
ドローナの勇武を恐れたパーンダヴァたちは、ビーマからドローナに「(息子)アシュヴァッターマンが死んだ」と告げさせる(実はそれは戦いに倒れた象の名だった)。怪しんだドローナはパーンダヴァ兄弟の長男、正義の王ユディシティラに真実を問う。しかしユディシティラまでも、欺瞞(ぎまん)に悩みつつ、同じ答えを返すのを聞いて、ドローナは自らの力が尽きた事を悟り、命を投げ出したのだった。
いまやドゥルヨーダナまでがパーンダヴァたちに欺かれ、死なんとしていることを知って、アシュヴァッターマンの怒りはとどまるところを知らず、「正義が何ぞ、夜襲をかけパーンダヴァ一族を殲滅(せんめつ)しよう」と誓う。(夜襲もまた戦いの掟に背く行為だった。)ドゥルヨーダナは思いとどまらせようとするが、アシュヴァッターマンは耳を貸さない。
ドゥルヨーダナは自らの命が尽きようとしているのを悟り、両親へ、息子たちへ今生の別れを告げるのだった。いま彼の眼には、はるかな先祖たち、七つの大海、聖なる両河ガンガーとヤムナー、そして永遠なるインドラ神の天界へと彼を導く天翔る車が見える……
マハーバーラタ
今回上演の『砕かれた腿~ドゥルヨーダナの最期』はパーンダヴァ家とカウラヴァ家の同族戦争の終盤部分になります。